Before
オランダのe-commerceスタートアップMinimalは、Zendesk・Front・Gorgiasなど主要なカスタマーサポートプラットフォームに対応した、次世代のECカスタマーサポート自動化サービスを開発していた。創業者のTitus Ex(機械学習エンジニア)とNiek Hogenboom(航空宇宙工学出身)は、従来のAIチャットボットが「単純な問い合わせ(T1)」しか処理できず、複雑な「T2・T3レベルの課題」に対応できない業界の課題に着目した。
EC業界では、返品ポリシーの確認、注文キャンセル、配送先変更、返金処理など、顧客からの問い合わせが多岐にわたる。従来のルールベースチャットボットや単一プロンプトのLLMでは、これらの複雑なワークフローに対応できず、最終的には人手へのエスカレーションが必要だった。また、Shopifyや倉庫管理システムとの連携も欠けており、実際の業務自動化には程遠い状況だった。
さらに、単一のLLMに複数のタスクを任せる「モノリシック」なアプローチでは、プロンプトが複雑化し、エラーが発生しやすく、コストも高騰するという構造的な問題があった。創業当初のMinimalは、この技術的限界を打破するため、よりモジュール化され制御可能なAIシステムの構築を模索していた。
AI導入内容
MinimalはLangChainエコシステム(LangGraph + LangSmith)を採用し、3層のマルチエージェントアーキテクチャを構築した。
第1層:Planner Agent(計画エージェント)
入ってくる問い合わせ(インバウンド・チケット)を自然言語処理で解析し、解決までの有向グラフ(Directed Graph)上の経路を動的に生成する戦略的エージェント。例えば「この商品を返品したい」という問い合わせに対し、単一の返答を生成するのではなく、「返品ポリシーの検索」「Shopifyからの注文履歴取得」「返品理由の妥当性判断」「返金処理のシミュレーション」といったサブタスクに分解する。各サブタスクは、後述のResearch Agentに並列または直列で委託され、その実行結果を統合して最終的な「解決策(Action Plan)」を立案する。
第2層:Research Agents(調査エージェント群)
Planner Agentから特定のコンテキスト(例:「オランダ国内の返品期限は?」)を受け取り、RAG(Retrieval-Augmented Generation)を用いてナレッジベースから情報を抽出する専門エージェント。
- Policy Researcher: 返品ガイドラインや配送ルール、SLAなどのドキュメントをベクトル検索し、再ランク付け(Re-ranking)を行って正確な規約を抽出。
- Data Analyst: Shopify APIやFirmhouse(サブスクリプション管理プラットフォーム)から、顧客の購買履歴や契約ステータスをリアルタイムで取得。 これらのエージェントは、各専門領域に特化したシステムプロンプトとツール(APIコネクタ)を持ち、高精度な推論結果をPlannerに返す。
第3層:Tool-Calling Agent(実行エージェント)
Planner Agentが作成した「ツール実行プラン」に基づき、外部システムへの書き込み(Side Effect)を伴うアクションを自律的に実行する。
- Shopify統合: 注文のキャンセル、タグ付け、返金処理(Refund)の実行。
- Monta WMS連携: Monta Warehouse Management Services(倉庫管理システム)と通信し、返品ラベルの発行や在庫情報の更新、出荷停止リクエストを送信。
- Firmhouse連携: 定期購入(サブスクリプション)の停止や再開、請求サイクルの調整を自動化。 すべての実行ログは一箇所に集約され、推論過程(Chain-of-Thought)とともに事後検証が可能。
技術基盤の詳細:LangGraph & LangSmith
LangGraphによる非線形ワークフローの制御 従来の線形なプロンプトチェーンではなく、循環(Cycles)と分岐(Branching)を持つグラフ構造を採用。ステート(State)をエージェント間で共有・継承することで、複雑な問い合わせに対しても「前のステップの結果を確認してから次の行動を決める」という決定論的な制御を実現。例えば、倉庫(Monta)でのパッキングが既に開始されている場合は、Shopifyでの自動キャンセルを中断し、人間オペレーターにエスカレーションするといった高度な条件分岐をグラフエッジとして定義している。
LangSmithによる評価と継続的改善 開発・運用フェーズにおいてLangSmithをフル活用し、以下のサイクルを構築。
- 観測(Observability): エージェント間のメッセージ交換やAPIコールのトレースログを詳細に記録。どのノードで推論ミスが発生したかを特定。
- 評価(Benchmarking): プロンプトのわずかな変更が全体の成功率にどう影響するか、Few-shot(少数の例示)の効果を自動評価。
- データ駆動の改善: 誤った応答が発生した場合、そのトレースをLangSmith上で「テストケース」として抽出し、Few-shotの例題として追加、あるいはサブグラフをさらに細分化して精度を向上。 これにより、特定のLLMモデルに依存せず、システム全体のアーキテクチャで高い堅牢性を確保している。
シームレスな統合 Shopify、Monta Warehouse Management Services、Firmhouseなど、e-commerce業界の主要サービスとのプロプライエタリコネクタを追加。システムのコード設計により、これらの統合が容易に実現された。
動作モード
ドラフトモード(Co-pilot) AIが返信案を生成し、人間オペレーターが確認・編集して送信。複雑なケースや重要な顧客対応で利用。
完全自動モード AIが問い合わせに直接応答し、必要に応じて注文キャンセルや返金などの実際のアクションも実行。ルーティンな問い合わせで利用。
After
マルチエージェントシステムの導入により、Minimalは以下の定量的成果を達成した。
80%以上の効率向上
AIエージェントによる自動化により、カスタマーサポート業務の効率が80%以上向上。人手をかけずに解決できる問い合わせの割合が大幅に増加した。
90%のチケット自律処理(目標)
2025年には、顧客のサポートチケットの90%をAIが自律的に処理し、人間オペレーターへのエスカレーションは10%に抑えることを見込んでいる。
顧客満足度の向上
チケット解決時間の短縮と、自動返金などの高度な機能の提供により、オランダのe-commerceクライアントから高い評価を獲得。売上につながっている。
モジュール性によるスケーラビリティ
LangGraphのモジュラー設計により、新しい専門エージェントの追加が既存フローを破壊することなく可能に。次世代LLMへの移行も、サブグラフの差し替えで柔軟に対応できる。
Minimalはこの技術基盤を活かし、欧州展開を目指している。LangChainエコシステムによるマルチエージェントワークフローと堅牢なe-commerce統合を組み合わせることで、人手を追加することなく無限にスケールできるカスタマーサポート体制の実現に向けて事業を拡大している。
公開日: 2025年1月20日
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