Before
メルカリはフリマアプリ「メルカリ」を運営する国内最大級のEC・テック企業である。同社では社内から100名を超えるメンバーが選出された横断組織「AI Task Force」によって約4,000の業務プロセスが可視化されており、その多くがAIや自動化によって効率化できる余地があるとされていた。しかし、生成AIツールが溢れすぎる状況下で、現場には深刻かつ構造的な課題が山積していた。
まず、部署ごとに異なるPoCツールが乱立し、情報アップデートに追いつけない状態になっていた。非エンジニアが参加しづらいツールが多く、導入当初は使い方が複雑で学習コストが高く、現場からの離反も少なくなかった。セキュリティ観点からの懸念も大きかった。さらにPoC担当者は本業と並行して活動するため、十分なリソースを割けず、Adoption(定着)が進まないケースが頻発していた。ツールを導入しても使われずに終わる「PoCの墓場」が増えていく中、自動化が組織全体に根づくことはないと危惧されていた。
このままでは、AI Task Forceで可視化された4,000の業務プロセスの自動化は前に進まない。そこでメルカリは、組織全体の「共通基盤」となるワークフロー自動化プラットフォームとして、n8n Enterpriseの導入PoCを開始した。ただし、これは単なる技術評価ではなく、「組織としてAIツールをどう根づかせるか」を学ぶプロジェクトとして設計された。
AI導入内容
n8nのPoCチームは、Backend Manager、AI Security、AI Task Force、DevEx、Backend Engineer、SREなど、全員が本業の合間に参加する熱量の高いメンバーで構成された。彼らに共通していたのは、「これはメルカリ全体にとって価値がある」という強い信念だった。
PoCの最初の一歩は「とにかく触ること」だった。PoC担当者が仕様書を読む前に、自分たちでn8nのUI、JSON構造、どこまで柔軟に作れるか、LLMとの相性、非エンジニアがつまずきそうなポイントを実際に検証した。これらは仕様を読むだけでは分からない。自分で触ってみて初めて、ツールが「どう現場にハマるか」が見えてきた。例えば、JSON構造の理解や、LLMノードの繋ぎ方、エラーの切り分け方などは、実際にワークフローを組んでみて初めて身につくノウハウだった。この体験が、後の現場伴走の推進力となった。
次に、Marketing・QA・SRE・監査・HRなどのチームに「伴走」し、小さな成功を早く積み重ねた。PoCチームは「代わりに作ってあげる」のではなく、利用者と一緒にワークフローを構築する姿勢で臨んだ。MarketingではKPIチェックの自動化、QAではリリース作業の自動化、EngineeringではAI Agent開発の工数削減、Auditでは情報集約の効率化など、各部門の実務に即したユースケースを立ち上げた。利用者がわからない時にサポートを行うことで、Adoptionを加速する最も強力な手法を実践した。伴走の過程で得られた現場の生の声は、ガイドラインやテンプレートのブラッシュアップにも直接フィードバックされた。
セキュリティとガバナンスについては、PoCの中で積極的に課題を洗い出した。credentialの誤設定、HTTP Nodeでの不正なアクセス、Code Node内の危険な処理などが実際に見つかったが、これをむしろ好材料として本番導入に向けた仕組みを整備した。具体的には、External Hookによる保存前チェック、JSON/DAG/ASTを使った静的解析CLI、SSO(Okta)連携、Task Runnerによるコード実行の隔離、ガイドライン・テンプレートの提供などをPoC段階で導入した。特にBackend Engineerが開発した静的解析CLIは、n8nのワークフローJSONを解析し、危険なコードパターンや不適切なcredential設定を自動で検出する。SREはEnterprise構成の設計と運用基盤を整え、AI Securityは脅威モデリングとガードレール設計を担当した。セキュリティは導入後に後付けするのではなく、PoCの中で自然と整っていった。
After
n8n EnterpriseのPoC開始直後から、組織内で自然にワークフローが作られ始め、PoC段階にもかかわらず実務に深く入り込んだ。週あたり約13,000回、月あたり約40,000回の自動化実行を達成した。数字だけが全てではないが、「すでに実務の中に入り始めている」という手応えは明確だった。
各部門での定量的な効果も顕著だった。MarketingのKPIチェック作業は月500分削減され、QAのリリース作業は週90分→0分になった。EngineeringにおけるAI Agent開発は従来2週間かかっていたものが2〜3日に短縮された。Auditにおいても情報集約の属人性が大幅に改善された。これらは再現性のある成功事例として蓄積されていった。
Adoptionの広がりも加速した。All Handsや社内勉強会での紹介、Slackチャンネルでの成功事例共有、非エンジニア向けテンプレートの提供、質問にすぐ返答する文化づくりなどを通じて、周囲のメンバーが「ちょっとn8n触ってみるね」と自然に言う雰囲気が醸成された。週次のライブデモには60名以上が参加し、四半期のハッカソンでは優秀なプロトタイプがリーダーシップに直接プレゼンされる機会も設けられた。ツールが広がるには「雰囲気づくり」も重要だということが実証された。
メルカリは、n8nのPoCを通じて「ROIだけで判断するのではなく、再現性のある成功事例、非エンジニアによる価値創出、エラー・工数削減の実績、全社展開できる安全性」を確認した。n8nのEstimated time saved機能を活用し、各ワークフローの削減時間をダッシュボードで可視化することも始まっている。これらを基盤に、AI-Nativeな組織への進化を加速させていく。
公開日: 2025年12月13日
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