Before
ヤマダデンキは、全国に949店舗(2025年3月末時点)を擁する家電量販店の最大手である。店舗数では競合を圧倒しているが、EC事業の規模においては後追いの状況にあった。グループ全体のEC売上高は2025年3月期に1,019億円で、中期経営計画では5年後の1,900億円——およそ2倍増——を目標に掲げている。
従来、ヤマダデンキのネット広告運用は外部の広告代理店に依存する部分が大きかった。出稿先の媒体選定から入札、クリエイティブ制作、効果測定までの業務は専門知識を要し、社内にノウハウが乏しいため、外部任せにせざるを得ない状況が続いていた。しかし、代理店依存の運用では、データが社内に蓄積されにくく、意思決定のスピードも遅くなる。さらに、マーケティング予算の一部が手数料や外注費として消費され、広告そのものへの投資効率が低下するという課題もあった。
一方、自社運用に切り替えるには専任マーケターの採用や育成が必要で、限られた社内リソースでは現実的ではなかった。EC売上の成長を加速させるためには、「人手をかけずに自社で高度な広告運用ができる仕組み」が急務となっていた。
AI導入内容
この課題に対し、ヤマダデンキはGoogleのAI搭載広告サービス 「Performance Max(P-MAX)」 を導入し、ネット広告の「セルフ式マーケティング」を強化した。P-MAXは、入札、予算配分、オーディエンス選定、クリエイティブ生成などをGoogle AIが自動化し、複数チャネルに跨って配信を最適化するサービスである。
P-MAXによる広告運用の自動化
ヤマダデンキはP-MAXを活用することで、従来代理店に委託していた煩雑な運用手順を大幅に削減した。広告用の画像や商品情報を登録すれば、残りの入札や配信最適化はAIが自動で行うため、「ほぼノータッチで運用できる」(星野祐孝氏)というメリットが大きかった。
これにより、社内の既存チームだけで広告運用を内製化できる体制が整った。ノウハウは運用の過程で社内に自然と蓄積され、データに基づく意思決定がリアルタイムで行えるようになった。特に、季節商材や新商品の発売タイミングに合わせた迅速な広告展開が可能になり、競合との差別化に直結した。
データドリブンな需要発見
P-MAXの導入により最も大きかった変化は、データの社内蓄積とそれに基づく新しい需要の発見である。従来の「セオリー」にとらわれない発想が生まれた典型例が、新生活に伴う「引っ越し需要」への対応だ。
例年、引っ越しシーズンの家電需要は3〜4月がピークで、ゴールデンウィーク前には減速するのが業界の常識だった。しかし、ヤマダデンキはP-MAXから得た広告データに違和感を覚え、従来の常識を疑うことで新しい需要パターンを発掘した。「これまでのセオリーで判断していたら販売機会を逃していた。ネット広告のビッグデータがあったからこそ新しい発見ができた」(星野氏)。
このデータに基づく洞察により、競合が気付かないタイミングで広告を集中投放し、売り上げを伸ばすことに成功した。AIが膨大なデータをリアルタイムで分析し、人間では捉えきれない微妙な需要の変動を検知する——この能力が、セルフ式マーケティングの真価を発揮した。
広告費の戦略的拡大
P-MAX導入に伴い、ヤマダデンキは広告戦略を転換した。以前は「広告費を抑えつつ高効率を追求する」運用だったが、現在は「まず客数を増やすことを目標に、広告費を2倍以上に増やしている」(星野氏)。AIによる自動最適化が裏付けとなり、大胆な投資を効率的に実行できる自信が生まれたのである。
After
P-MAXを核としたセルフ式マーケティングの導入により、ヤマダデンキのEC事業は以下のような変化を遂げている。
運用工数の圧倒的削減
入札調整やクリエイティブのA/Bテスト、レポート作成など、人手を要していた作業の多くがAIに代替された。結果として、小規模なチームでも大手ECに引けを取らない規模の広告運用が可能になった。社内リソースを広告運用の雑務から解放し、商品企画や顧客体験設計などの付加価値の高い業務に振り向けることができるようになった。
データドリブンな意思決定の定着
「経験や勘」に依存したマーケティングから、客観的なデータに基づく意思決定へと文化が転換した。P-MAXから得られるリアルタイムの配信データは、販促カレンダーの立案や在庫計画にも活用され、マーケティングとサプライチェーンの連携強化にも寄与している。
EC売上拡大への道筋
新需要の発掘と競合を出し抜く広告戦略により、EC売上の成長加速が実現している。中期経営計画の5年で2倍増(1,019億円→1,900億円)という目標は、P-MAXを活用したセルフ式マーケティングが支える中核戦略となっている。単に広告費を増やしたのではなく、AIによる自動最適化で投資効率を担保しながらスケールさせる——このアプローチが、持続可能な成長の基盤となっている。
組織能力の向上
外部代理店への依存を脱し、自社内にマーケティングのノウハウとデータ資産が蓄積された。これにより、将来の新規事業展開やデジタルチャネルの拡大にも対応できる組織基盤が整った。ヤマダデンキの取り組みは、小売業界における「マーケティングのインハウス化」と「AI活用」の両立を示す重要な事例となっている。
公開日: 2025年7月2日
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