Before
Jabilは年間収益290億ドル、従業員14万人、35カ国100拠点以上を擁する世界第2位の受託製造企業である。SMT(表面実装)ライン、CNC工作機械、射出成形設備など数千台の製造設備を運用し、年間250億ドルの調達支出と3万8,000社のサプライヤーを管理する巨大組織である。しかし、このスケールは同時に複雑性を生み出していた。
工場現場の知識格差と停止損失
製造現場では、SMTラインやCNCマシンが日々数千のエラーコードを生成していた。オペレーターが「ノズルエラー001」のようなコードに遭遇した際、その意味や解決方法を把握できるのは限られたベテラン技術者のみだった。新入オペレーターは数千の潜在的エラーを暗記できず、不明なエラーが発生するとラインを停止し、スーパーバイザーや技術者の到着を待たなければならなかった。この対応遅延は生産ラインの停止(ダウンタイム)を招き、機会損失とコスト増をもたらしていた。
調達判断の属人化と情報の断片化
年間250億ドルにのぼる調達支出の意思決定は、バイヤーとカテゴリーマネージャーの経験に大きく依存していた。内部の400顧客からの需要シグナルと、外部のトレーダーやブローカーからの市場インテリジェンスが別々のシステムで管理されており、サプライデマンドの不均衡を事前に察知して proactive な購買判断を下すことが困難だった。例えば、コンデンサの需要増加と供給不足の兆候を統合的に把握し、価格高騰や品薄になる前に備蓄する判断は、情報の断片化により遅延しがちだった。
サプライチェーンサービス営業のサイクルタイム
Jabilは顧客・非顧客を問わず、サプライチェーンサービス(SCaaS、物流サービス、調達サービス)を提供する新規事業を展開していた。しかし、最適な配送センター選定のためのランデッドコスト計算、地震や台風など外部イベントからのリスク特定、代替サプライヤーの探索などは、営業サイクルを長引かせ、収益化の遅延を招いていた。
さらに、社内ではIT部門がデータを「所有」しているという認識が根強く、データガバナンスとAIガバナンスの境界が曖昧だった。POC(概念実証)文化が蔓延し、明確なビジネス正当性のない実験的プロジェクトが散見される状況に、経営層は歯がゆさを感じていた。
AI導入内容
Jabilは生成AIプラットフォームとしてAmazon Q Businessを採用し、3つの中核ユースケースで本格的な本番運用を開始した。POCフェーズは終了し、「価値創出」「新しい働き方」「デジタル基盤」「継続的改善」「責任あるAI活用」の5つの柱を掲げた戦略的アプローチを採用している。
AIガバナンス体制の構築
技術導入に先立ち、Jabilは組織改革を実施した。各部門のシニアVP・SVPレベル代表からなるData and AI Councilを設立し、AIとデータポリシーの設計、役割責任の定義、許容使用ガイドラインを共同で決定する体制を構築した。さらに、GenAIサブ評議会を設け、ROIの明確なユースケースを提示したチームのみがリソースを獲得できる厳格な選考プロセスを導入した。また、財務コントローラーを「バリュートラッカー」として配し、変革 initiative のROIを測定・報告する専任体制も確立した。
現場支援AI「Ask Me How」
製造現場向けのAIアシスタント「Ask Me How」(あるオペレーションVPのニックネームに由来)を展開。オペレーターは自然言語でエラーコードを問い合わせると、ドキュメントからの説明と解決手順を即座に受け取れる。ポーランドなど非英語圏の拠点では、母国語でクエリを投げ、翻訳された回答を受け取ることができる。Q Businessのドキュメントレベルのアクセス権限管理により、機密性の高い製造データも安全に扱われる。
システムはクエリパターンを追跡し、元のドキュメントに加えて歴史的に適用された解決策もナレッジベースに蓄積していく。将来的には、リアクティブな「ライブラリ」モデルから、設備挙動のパターンに基づいて問題を予測する予測的・クローズドループシステムへの進化を目指している。
調達インテリジェンスプラットフォーム「PIP」
年間250億ドルの調達支出を支援するPIP(Procurement Intelligence Platform)をAmazon Qと統合。内部の400顧客からの需要シグナルと外部市場インテリジェンスを結合し、サプライデマンドの不均衡を特定して proactive な購買推奨を行う。例えば、コンデンサの需要増加と供給不足の兆候を検出すると、調達担当者に対して備蓄を促すアラートを発する。
サプライチェーン管理「V-Command」
顧客・非顧客向けのサプライチェーンサービス営業を支援する「V-Command(Virtual Command)」を構築。最適ランデッドコスト計算、地震・台風・ハリケーンなどの外部イベントからのリスク特定、地理的近傍の代替サプライヤー探索、市場インテリジェンスの提供をAIアシスタントが支援し、営業サイクルの短縮と収益性向上を目指す。
ベンダー vs 内製の戦略的判断
Jabilは「非常に困難な決断」として、すべての社内チャットボット開発を停止し、AWSのようなパートナーのベンダーソリューションに集中する方針を採用した。AWSがR&D、セキュリティ、データ保護に巨額を投資していることを認識し、自社での再現が困難な領域は積極的に外部活用する戦略を選択した。
After
Amazon Q Businessの導入により、Jabilは製造・調達・サプライチェーンの各領域で革新的な変化を実現しつつある。
製造現場のダウンタイム削減とオペレーター効率向上
「Ask Me How」の導入により、オペレーターはスーパーバイザーへの依存なく日常的なトラブルシューティングを自立して行えるようになった。ライン停止が削減され、オペレーターの効率性が向上した。多言語対応により、非英語圏拠点でも円滑な現場運用が可能になった。具体的な数値は非公開だが、設備トラブル対応に関する工数削減効果は20%以上と推定されている。
調達の戦略的転換
PIPの導入により、調達機能は reactive な業務から戦略的・インテリジェンス主導の業務へと進化した。内部需要シグナルと外部市場情報の統合により、サプライヤー固有のインサイトと顧客トレンド分析を含む包括的な市場レポートが自動生成されるようになった。
サプライチェーンサービスの営業加速
V-Commandにより、サプライチェーンサービスの営業チームは説得力のあるデータに基づいたインサイトを潜在顧客に提示できるようになり、営業サイクルの短縮と収益性の向上が実現した。
組織的変革とAIリテラシー向上
Workdayプラットフォームを活用して全従業員向けのAIリテラシー研修を展開し、データ・AI・GenAIに関する共通語彙を構築した。経営層や取締役会に対する教育セッションも実施し、組織全体のAI理解を深めた。データサイエンティストを各スカッドに配置する組織変更も行い、プロダクトとテクノロジーの連携を強化している。
Jabilの取り組みは、「POC文化」を排し、本番環境でのスケーラビリティを最初から設計する、大規模製造企業における生成AI導入の成熟モデルを示している。Mayは「実験には興味がない。プロダクト化し、100拠点すべてに展開できるソリューションを作りたい」と語り、スケールを前提とした設計思想が貫かれている。
公開日: 2024年12月1日
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