Before
CiscoのTechnical Assistance Center(TAC)は、年間150万件のサポートケースを処理し、2,700種類以上の製品に関する技術支援を提供している世界最大級のテクニカルサポート組織である。7,000人の専門エンジニアが24時間体制で対応するが、ケースの複雑性と専門知識の要求水準は年々高度化している。
従来、TACエンジニアは新規ケースを受領するたびに、過去の類似ケース、製品設定ガイド、既知のバグ情報、内部ナレッジベースなどを手動で検索し、顧客の問題を理解する必要があった。特に初回対応では、顧客が提示した技術的な症状を正確に把握し、適切な質問返信を作成するだけで相当の時間を要した。複雑なケースでは、エンジニアがケース履歴を理解するのに数時間かかることも珍しくなく、ケース引き継ぎ時の情報伝達漏れや対応のブレが課題となっていた。
さらに、ケース終了時の根本原因分析(RCA)ドキュメント作成や、顧客感情の把握も人手に依存しており、エンジニアの作業負荷が高かった。Ciscoは「Super-Human TAC engineers」—つまりAIと人間のパートナーシップによって、エンジニアがより複雑な問題に集中できる環境を目指した。
AI導入内容
CiscoはTACエンジニア向けに、生成AI(GenAI)とRAG(検索拡張生成)を中核とした 「Cisco AI Assistant for TAC」 を開発・導入した。これは、Azure OpenAI(GPT-4クラス) の高度な推論能力と、Ciscoが数十年にわたり蓄積した膨大な機密ナレッジを融合させたエンタープライズAIプラットフォームである。
アシスタントの主要機能
AIアシスタントは以下の8つの核となる機能を提供する。
初期返信の自動生成 ケース作成直後、AIがケースデータ(Syslog、構成情報等)からプロンプトを生成し、顧客への初回返信メッセージをドラフトする。技術的症状、製品情報、問題コードを解析し、適切な質問事項と次のステップを提示する。
根本原因分析(RCA)ドキュメント生成 ケース解決時に、トラブルシューティングの全履歴を要約し、発生条件、回避策、根本原因、影響範囲、修正パッチ情報を含む標準的なRCAドキュメントを自動生成する。
顧客感情・緊急度のリアルタイム分析 伝統的な機械学習(ML)モデル を併用し、顧客とのやり取りから感情(Frustration等)や緊急度を数値化。エンジニアに最適な対応タイミングをフィードバックする。
ケースとの対話・ナレッジ検索(RAG) エンジニアが自然言語で質問できるチャットインターフェース。内部ナレッジストア、バグDB、設定ガイドにアクセスし、ソースを引用しながら回答を生成する。
技術アーキテクチャ
本システムは、オーケストレーターエージェントと複数のサブエージェントが連携するマルチエージェントアーキテクチャを採用している。
RAG(検索拡張生成)基盤とベクトルDB
- 領域別ベクトルデータベース(Per-Campaign Vector DB): 技術領域(セキュリティ、ネットワーク、コラボレーション等)ごとにパーティション化されたベクトルDBを構築。これにより、検索ノイズを最小化し、専門性の高い高精度な情報抽出を実現している。
- セマンティック検索: 技術文書をEmbedding(分散表現)化し、エンジニアのクエリの意図に基づいた意味的検索を実行する。
LLMと伝統的MLのハイブリッド構成
- GenAIエージェント: Azure OpenAI(GPT-4) を採用。複雑な文脈理解、回答生成、引き継ぎ用サマリーの作成を担当。
- 特化型MLモデル: 感情分析、会話の再構成(会話のノイズ除去)、および最適なエンジニアへの 自動ケースルーティング を担当。LLMの汎用性と、MLの特定タスクにおける高精度を組み合わせている。
エコシステムとの統合 AIアシスタントは、Ciscoの Support Case Manager (SCM) に直接組み込まれているほか、ライブテレメトリを収集する Ascension や、脅威検知プラットフォームの Cisco XDR とも連携。デバイスの生データ(Raw Data)を直接解析し、ネットニュー(未確認)の不具合特定を支援する。
プロンプト設計とフィードバックループ グローバルプロンプト、問題領域プロンプト、ツール使用プロンプトを動的に組み合わせる。エンジニアによる「Review and Edit(人間による確認と編集)」を必須プロセスとして組み込み、その修正内容をフィードバックとして学習させることで、回答の質を継続的に向上させている。
After
Cisco AI Assistant for TACの導入により、Ciscoは以下の定量的・定性的な成果を達成した。
対応速度の劇的な向上 完全自動化が可能なケースでは、ケースオープンから解決までの時間が49分に短縮された。例として、証明書エラーのケースでは、深夜2:24に顧客がオープンしたケースに対しAIアシスタントが2:27に即座に対応手順を提示し、3:13には顧客が解決を確認してケースをクローズした。
エンジニア生産性の向上 AIアシスタントが管理業務を代行することで、TACエンジニアはより複雑で創造的な問題解決に集中できるようになった。ケース履歴の理解時間が短縮され、引き継ぎ時の情報伝達漏れが大幅に減少した。
対応品質の標準化 経験豊富なエンジニアと新人エンジニアの間で、初回返信の質やRCAドキュメントの完成度に差が出にくくなった。AIがベストプラクティスに基づいた対応を提案することで、サービス品質の一貫性が向上した。
顧客体験の向上 感情分析機能により、顧客の不満が高まる前に適切なエスカレーションや対応が行えるようになった。ケースのステータス更新やフォローアップもAIが自動化することで、顧客への情報提供がタイムリーになった。
ナレッジの蓄積と再利用 AIアシスタントの使用状況とフィードバックから、システムは継続的に学習し改善している。過去のケース解決パターンが新規ケースの対応に活かされ、組織全体の知識資産が増大している。
Ciscoはこの取り組みを「Super-Human TAC engineers」の実現として位置づけ、今後もエージェンシックAIの能力を拡張し、より高度な自動化とパーソナライゼーションを実現していく方針である。
公開日: 2024年6月1日
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