Before
ダイキン工業は世界28カ国・90カ所以上の拠点で空調機器を生産する超グローバル企業である。海外売上比率は85%(2025年3月期)に達し、製造拠点も世界各国に広がっている。
その中で常に悩みの種だったのが「グローバルで同一品質をどう保つか」という課題であった。仕事のやり方や従業員の得意不得意は地域ごとに異なり、海外は日本に比べて人材の流動性が高く、時間とコストをかけて技術者を教育しても辞めてしまう人が少なくない。
どの地域の拠点でも同じ品質のアウトプットを出し、かつ人が入れ替わっても業務を正確に行うためには、作業の標準化や自動化が必須となる。特に設備の故障や異常による製造ラインの停止は、積み重なると時間やコストの大きな無駄になっていた。日本と比較して経験の浅い技術者が多い海外工場では、故障の原因を特定するまでの時間のロスも大きかった。
日立製作所は、こうした課題を解決するためにダイキンの堺製作所 臨海工場で「工場の設備故障診断を支援するAIエージェント」の試験運用を2024年4月から開始した。
AI導入内容
故障診断支援AIエージェントの概要
工場設備が故障した際に、保全担当の技術者に対して故障の原因と対策を提示するAIエージェントである。現場で発生した故障の状況をタブレット端末に入力すると、ベテラン技術者からアドバイスをもらうのと同じように、その原因と対策をAIが対話形式で提示してくれる。
日立独自の推論エンジンを搭載しており、過去の蓄積データにある事例だけでなく、初めて発生した未知の故障に対しても、設備の物理的な因果関係や図面情報から論理的に原因を推論できるのが最大の特徴である。
実証実験では、回答精度90%以上、回答時間10秒以内という、熟練者をも凌駕するスピードと正確性を達成した。
暗黙知の形式知化とOT×ITの融合
製造現場の課題解決には、マニュアル化されていないベテランの「勘・コツ・経験」などの暗黙知が不可欠である。日立は、ダイキンの工場に蓄積された保守・保全記録に加え、ベテラン技術者の頭の中にある「設備図面の読み方」や「故障分析のロジック」をデジタル化し、AIに学習させた。
この取り組みの成功の鍵は、日立が長年培ってきたOT(制御・運用技術)とITの融合にある。
- OT側の知見:現場設備の個性(クセ)や、物理的な挙動、図面データの構造を理解。
- IT側の知見:最新の生成AI(LLM)技術や、複雑な因果関係を解く推論アルゴリズムを実装。
単に過去の文書を検索するRAG(検索拡張生成)にとどまらず、ドメイン知識を組み込んだ推論プロセスを構築することで、高精度な診断を実現した。
運用への組み込みと将来展開
ダイキンは本システムを国内外の主要拠点へ順次展開しており、海外工場の未熟練技術者の育成スピードを劇的に高めている。日立はこれを「Generative AIセンター」が主導するユースケースの柱の一つとして、広く製造業全体へ提供していく計画である。
After
AIエージェントの導入により、故障の原因を特定し対策を実行するまでの時間は大幅に短縮された。さらに故障時だけでなく、不調を事前に予知して対策できる運用も動き始めている。
最も興味深い効果は「AIと人間の教え合い」である。AIの提案を通じて熟練技術者の知見が伝承され、現場の技術者が持つ引き出しの数は確実に増えている。AIが熟練技術者の知識を学び、AIが出した提案からまた技術者が学び、さらにAIが賢くなっていく。このサイクルが回ることで、機械と人間が共に成長し、モノづくりを進化させられると期待されている。
森田重樹氏(ダイキン 堺製作所長)は「工場の完全自動化を目指すべきだとは全く思っていない。むしろ、これからのモノづくり企業の強みを作るものこそ、人の感性やベテランの勘だ」と語る。品質等のアウトプットの水準は同一であるべきだが、そこへ至るプロセスには企業がすでに持つ強みを最大限発揮するためのデジタル活用なのである。
このAIエージェントは、ダイキンの国内外の工場はもちろん、他の企業の製造現場にも広げていく予定である。
公開日: 2023年1月1日
事例一覧に戻る