Before
令和トラベルは旅行予約プラットフォーム「NEWT」を運営する旅行テック企業である。同社のハワイ子会社であるALOHA7, Inc.は、現地ホテルの在庫仕入れや、ホテル・送迎予約の手配業務を複数の代理店に対して行っている。しかし、ALOHA7が長年利用してきた業務システムは外部ベンダーが開発したオンプレミス製品で老朽化が進んでおり、業務フローが高度にアナログ化していた。
具体的には、各代理店からの手配依頼を受けてから、スタッフが手動で予約を登録し、手動でメールをホテルへ送付していた。手配内容はPDFでエクスポートされ、1予約ずつ紙で顧客管理を行うという運用が常態化していた。結果として、現地スタッフはセールスやリレーション構築といった本質的な業務に時間を割くことができず、日々の事務作業に忙殺されていた。顧客対応の質を高めたい一方で、書類整理やメール送付に追われる日々が続いていた。紙ベースの管理では予約の重複や抜け漏れも起きやすく、スタッフ間の情報共有も非効率だったのである。
さらに、上場に向けたガバナンス強化の観点からも大きな課題があった。紙やPDFといったアナログな情報管理方法が多く、日本本社からリアルタイムで業務状況を把握し、適切に統制をかけることが困難だった。予約状況や在庫の変動がシステム上で即座に可視化されないため、意思決定の遅れや情報の非対称性が生じていた。また、現行システムには今後の自動化拡張の余地もなく、技術的負債が蓄積する一方だった。このため、業務システムをクラウド上に1から作り直す必要が急務となっていた。
AI導入内容
令和トラベルはこれらの課題に対し、ALOHA7の業務システムをクラウド上に再構築することを決定した。当初はエンジニアリソースが不足しており、トラベルマネジメントシステムのプロダクトマネジメント経験を持つPMが、ローコード開発プラットフォームのRetoolと生成AIを組み合わせて開発を主導する体制をとった。
Retoolを選定した最大の理由は、ブラウザにログインするだけですぐに開発を始められる点、そして100種類以上のコンポーネントをドラッグ&ドロップするだけでUIを構築できる点にある。通常の開発では自分のPCに開発環境を構築し、コードを書いてサーバーにアップロードする必要があるが、Retoolは保存すればそのままリリースされる。CSSを書く必要もほぼなく、PMでも画面を素早く組み立てられる。また、アクセス権限管理や監査ログ、バージョン管理など、中長期運用に必要なガバナンス機能が標準で備わっていたことも決め手となった。TypeScriptによるコーディングが必要な部分もあるが、大規模言語モデル(LLM)をベースとしたRetool AIのチャット機能を使えば、PMでも自然言語で要件を伝えるだけでJavaScriptコードのドラフトを生成し、学びながら実装を進められる点も評価された。
開発プロセスは、まず現行の業務フローとシステム仕様を徹底的に把握するところから始まった。誰が、何を、どの順番で行っているかを可視化し、どこに工数やオペミスの課題があるかを特定した。その上で、新システムに必要な画面と機能を洗い出し、Retool上でブラウザを使いながら逐次実装を進めた。Retoolの特性を活かし、画面のワイヤーフレームを作るよりも早く実際のUIを組み立て、ハワイの現地スタッフに触ってもらいながら要件をブラッシュアップしていった。
データソース接続やロジック部分には一定のコーディングが必要だが、Retool AIのベクトル検索によるドキュメント参照やコード補正機能を活用して段階的に実装を進めた。単純なテーブル更新やAPIレスポンスのハンドリングについては、GUIベースの設定とAIへの質問を組み合わせてPM自身で構築した。例えば「APIレスポンスをフォーマットする方法」などをAIに尋ね、提案されたコードを検証・修正して組み込むという進め方を徹底した。ただし、旅行ドメイン特有の複雑なビジネスロジックや、中長期的な保守性を考慮したテーブル設計については、途中からjoinしたバックエンドエンジニアと協働し、対話しながら設計していった。PMがUIと基本ロジックを進め、エンジニアがデータモデルとアーキテクチャを整えるという分担で、約2ヶ月強の開発期間を経てMVPが完成した。
After
約2ヶ月強の開発により、ALOHA7の業務システムはクラウド上に再構築された。従来の手動メール送信や紙の顧客管理から脱却し、予約データがクラウド上で一元管理されるようになった。代理店からの予約依頼をシステムに登録すれば、自動的にホテルへの手配依頼メールが生成され、顧客情報もデジタル上で追跡できるようになった。これにより、日本本社からもリアルタイムで業務状況を確認でき、上場に向けたガバナンス強化の大きな一歩となった。アナログな管理手法が減ったことで、人的ミスのリスクも低減し、監査対応のスピードも向上した。
Retoolを活用した開発手法の効果は、開発サイクルの高速化にも表れている。ブラウザ上でUIを即座に確認・修正できるため、細かいテキスト変更などはPMがエンジニアに依頼する必要なく、自分で直してしまうケースも多くあった。また、現地スタッフに実際に動く画面を早期に見せることで、要件の齟齬を未然に防ぎ、納得感のあるシステム構築が可能になった。従来のような「要件定義書を完璧に仕上げてから開発に入る」スタイルではなく、「作りながら考え、触りながら改善する」サイクルが回せるようになったのである。
この取り組みは単なるシステムリプレイスにとどまらない。PMが実際に手を動かすことで、「1つの処理の中にこれだけの考慮事項がある」というエンジニアリングの解像度を体感し、今後の要件定義やエンジニアとのコミュニケーションの質が向上した。エンジニアが見ている景色の解像度が上がり、WhyとHowの両方を意識した意思決定ができるようになったのである。現行踏襲をPhase1とし、将来的な業務自動化拡張の土台も整備された。令和トラベルは、この社内ナレッジを活かし、今後の旅行テック事業のさらなるDX推進を加速させていく。
公開日: 2025年12月24日
事例一覧に戻る