Before
ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)は、大阪を代表する世界級のテーマパークとして、年間数千万人規模の来場者を受け入れている。しかし、長年にわたり日本の観光・レジャー業界全体に共通する「平準化・分散化」の課題が深刻化していた。大型連休や週末、年末年始など、特定の日に人が極端に集中する傾向があり、シーズンや曜日による需要の偏りが顕著になっていた。
特に来場が集中する日は、人気アトラクションの待ち時間が極端に長引き、ゲストがパーク内で快適に過ごせない状況が生じていた。これはゲスト満足度の低下に直結し、SNSなどでのネガティブな口コミにもつながるリスクがあった。一方で、低需要日にはパークの収益性や体験価値の向上余地が残っており、年間を通じた安定的な運営が課題となっていた。
さらに、入場料金がパークとして提供する体験価値やサービス投資額に対して見合っていないという構造的課題も指摘されていた。世界の主要テーマパークと比較すると、日本のテーマパークは入場料が安価に設定されている傾向があり、設備投資やサービス品質向上の原資確保にも影響を及ぼしていた。
チケット販売チャネルも複雑だった。ウェブチケットストア、コンビニ(ローソン)、旅行会社の3系統に分断されており、それぞれが異なる発券システムを持っていた。価格戦略の統一的な運用が困難であり、販売データの一元管理もできていなかった。このため、需要予測に基づいた価格設定や、迅速なセールス施策の展開が制約を受けていた。
AI導入内容
USJは2019年1月に、日本のテーマパークとして画期的な「変動価格制」を導入した。導入当初は、機械学習による「需要予測モデル(Demand Forecasting)」を軸とした、2カ月先までの営業カレンダーに基づく事前変動型価格設定からスタートした。
この予測モデルには、主に以下の変数が投入され、高度なアルゴリズム(勾配ブースティング木や時系列モデル等)が用いられている。
需要予測の構成要素(変数)
- カレンダー属性: 曜日、祝祭日、学校の長期休暇(夏休み・冬休み等)、および周辺地域の振替休日データ。
- 気象データ: 過去の天候と入場者数の相関関係、および週間・長期予報に基づく需要変動。
- 周辺イベント: 大阪市内および近隣都市で開催される大規模コンサート、スポーツ大会、展示会等の外部イベント情報。
- 先行販売データ: ウェブチケットストア等の予約・販売消化率のリアルタイム進捗状況。
- パーク内コンテンツ: 新アトラクションのオープン時期や期間限定イベント(ハロウィーン・ホラー・ナイト等)の集客力。
導入の主な目的は以下の2つである。
パークとしての体験価値の最適化
需要が高まりアトラクションの待ち時間が長引く日には、価格を高く設定することで「混雑緩和」と「収益性向上」を同時に実現。一方で、需要の低い日には低価格を提示することで、ゲストに「バリュー感のある体験」を提供する。これにより、ゲスト一人ひとりのニーズ(安さを選ぶか、空いている時間を選ぶか)に合わせた選択肢を提示する。
繁閑差の平準化によるオペレーション最適化
低需要日への来場促進により、パーク全体の「稼働率(Occupancy)」を安定化。これにより、レストランや物販ショップのスタッフ配置(シフト調整)の精度も向上し、サービス品質の維持とコスト管理を両立させた。
販売チャネルの一元管理(セントラル・インベントリ)
変動価格制導入にあたり、ウェブ・コンビニ・旅行会社の3つの販売チャネルを1つのセントラル・インベントリ(中央在庫管理システム)で統合管理する体制を構築。国内だけでなく、アジア全域の海外エージェント約300社ともAPI連携し、グローバルで「同一日・同一価格」の提示を実現した。2020年5月には英語対応のウェブチケットストアも公開し、インバウンド層に対してもデータに基づいた価格戦略を展開している。
After
変動価格制導入後、USJは365日実施するゲスト満足度調査の結果から、基本的に良い方向への変化を確認している。同社は「変動価格制は、入場者数の平準化によるゲスト満足度の向上に有効な手段である」と評価している。
入場者数の平準化により、混雑緩和とゲスト満足度の向上に効果が見られた。特にアトラクションの待ち時間短縮は、体験価値向上の重要な要素となった。低需要日の来場促進も進み、年間を通じた収益の安定化にも寄与している。
販売チャネルの一元化は、コロナ禍という予想外の事態においても大きな効果を発揮した。ゲストの受入が限定された運営体制においても、チケット管理やセールスを1つの部署で担うことで、臨機応変な対応が可能になった。セールスに関する縦割りをなくしたことで、組織的なレジリエンス(復元力)が高まったのである。
インバウンド対策としても、英語対応のウェブチケットストア開設や海外エージェントとのシステム連携により、世界中で統一価格を提示できる体制が整った。今後は、需給バランスに応じてリアルタイムに価格が変動する仕組みへの進化を目指している。
公開日: 2022年10月29日
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