Before
東映アニメーションは1956年の創立以来、60年以上にわたり日本のアニメーション産業を牽引してきた老舗スタジオである。演出、作画、美術などの技法で独自の「伝統」を積み重ねてきた一方、CG・xR・AI等の最新デジタル技術による「革新」にも積極的に取り組んでいる。しかし、背景美術制作という領域では、長年にわたり熟練クリエイターの手作業に大きく依存する構造が続いていた。
特に実在する風景をアニメ調に描き起こす際の前処理工程は、制作日程上の大きなボトルネックとなっていた。現地で撮影した実写写真から不要な物体を除去し、線画を抽出して着色の準備を行うまでの作業は、1カットあたり数時間から十数時間を要する。複数の画風(アニメ調・サイバーパンク調など)への展開が必要な場合は、同じ素材に対して別々の前処理を繰り返す必要があり、クリエイターの創作時間が圧迫されていた。さらに、高品質な背景美術を安定的に供給するには、ベテランスタッフのノウハウを若手に継承する必要があるが、属人的な技術の継承には長い時間がかかるという課題も抱えていた。
AI導入内容
東映アニメーションは、深層学習技術の実用化を目指す株式会社Preferred Networks(PFN)と共同で、背景美術制作支援ツール「Scenify(シーニファイ)」を開発した。Scenifyは、PFNの画像変換技術(GAN:敵対的生成ネットワーク)およびセグメンテーション技術(物体領域検出)を応用したもので、風景や建造物などの実写写真をアニメ調の背景素材に自動変換することができる。
同社の新規IP研究開発チーム「PEROs」が制作した実験映像『URVAN』(約5分間)の背景美術制作において、Scenifyは全背景カットの約2/3に使用された。同作品では実在する長崎県佐世保市の風景を、アニメ調とサイバーパンク調の2つの画風で表現しており、現地で撮影された風景写真からScenifyでアニメ調の背景素材に自動変換することで、美術クリエイターが画像の前処理工程(不要物の除去、輪郭抽出、ベース着彩)に要する時間を大幅に短縮した。
Scenifyが備える主要な機能は以下の3つである。
実写写真からアニメ調背景への自動変換
GAN(敵対的生成ネットワーク)による画像変換技術を活用し、入力された風景写真から「線画抽出」「色調整」「質感変換」をAIが自動実行する。特にアニメ特有の「輪郭線の強調」や「色彩のデフォルメ」を、深層学習モデルが写真のコンテキストを理解した上で再現する。
セグメンテーションによるBOOK分け機能
背景美術制作において必須となる「背景画像からキャラクターに接する部分・手前にくる部分(BOOK)を自動的に切り出す」機能。Deep Learningを用いたセグメンテーション技術により、画像内の物体(木、建物、ガードレール等)をピクセル単位で識別し、奥行きに基づいたレイヤー分けを支援する。
スマート塗りつぶし(インペインティング)機能
画像の一部を除去した後の空白を、周囲のテクスチャと整合性を保ちながら自然に補完する機能。これにより、電柱や自動車などアニメの世界観に不要な物体を除去した際の描き込み作業が大幅に効率化される。
また、クリエイターの制作ワークフローへの組み込みを容易にするため、Adobe Photoshop用のプロトタイプUIも開発された。東映アニメーションの長年にわたる背景美術制作の技法を培ってきた製作部美術課と、AI活用に取り組んできたデジタル映像部テクノロジー開発推進室、そしてPEROsが連携し、伝統的なアニメ技法と最新AI技術の融合を実現した。
After
Scenifyの導入により、『URVAN』の背景美術制作において、画像の前処理工程に要する時間を従来の約1/6(換算すると約83%の削減)に短縮することができた。作業時間の短縮は単なる効率化にとどまらず、クリエイターの創作活動の質にも好影響を与えた。
美術クリエイターは機械的な前処理作業から解放され、創造性の自由度が高いサイバーパンク調の背景制作や最終レタッチに、より多くの時間と労力を充てることが可能になった。結果として、実在する佐世保の風景を巧みにアニメ調とサイバーパンク調の2画風で表現した、高い芸術性を持つ背景美術が完成した。
この取り組みは、AIによる自動変換を起点としたハイブリッド制作ワークフローの実証に成功した事例として評価されている。人間のクリエイターがAIの出力を選択し、修正し、最終的な創造性を加えることで、技術と芸術の新しい協働モデルを示したのである。
今後は、東映アニメーションにおけるTVアニメーションやアニメ映画の制作にもScenifyを適用することを目指して、さらなる機能開発を進めていく予定である。両社は、東映アニメーションの「伝統」とPFNの「最新技術」の融合によるアニメ制作の「革新」、そして新たな映像表現への挑戦を続けていく。
公開日: 2021年3月12日
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