Before
大成建設は創業1873年、日本を代表する大手ゼネコンの一つである。同社が手掛ける建築・土木プロジェクトの多くにおいて、鉄筋コンクリート(RC)工法は基盤となる技術である。
鉄筋コンクリート造の建物では、鉄筋同士を針金で結束する作業が不可欠である。これは単なる準備作業ではなく、コンクリートの強度を左右する重要な工程である。鉄筋が適切に結束されていないと、コンクリートを流し込んだ際に鉄筋がずれ、設計通りの強度が確保できなくなるリスクがある。
しかし、この鉄筋結束作業には深刻な課題が存在していた。
作業の過酷さと労働力不足 鉄筋結束作業は、鉄筋工事全体の 約20% を占める重要な工程である。作業員は中腰の姿勢で、交差する鉄筋の交点を一つ一つ針金で縛り付けていく。これは単純作業の繰り返しであり、非常に肉体的な負担が大きい。長時間続けると腰痛などの労働災害リスクも高まる。
さらに、建設業界全体で少子高齢化が進み、技能労働者(鉄筋工)の高齢化と労働力不足が顕在化していた。日本建設業連合会の推計では、2025年には35万人の労働力が不足すると予測されている。特に、過酷な鉄筋結束作業を任せられる若手の入職者が少なく、現場の生産性維持が大きな課題となっていた。
生産性の壁 トンネル工事などの分野では、新しい工法の登場により生産性が劇的に向上した。しかし、鉄筋コンクリート工事は長らく生産性の改善が停滞していた。特に結束作業は、熟練工の手作業に依存せざるを得ず、工程遅延リスクが常に存在していた。
この状況を打開するため、大成建設はロボット技術の活用に目を向けた。単純作業をロボットに置き換え、人間はより複雑な作業に注力するという発想である。
AI導入内容
大成建設は学校法人千葉工業大学と共同で、自律型鉄筋結束ロボット「T-iROBO Rebar」 を開発した。これは鉄筋上を自律的に移動しながら、交差部を自動で結束する画期的なロボットである。
システム構成:LiDAR×SLAMによる自律制御
2種類のレーザーセンサー(LiDAR) ロボット本体には、2種類の2次元レーザーセンサー(LiDAR: Light Detection and Ranging)が搭載されている。
- 鉄筋交差部検出用:縦横に組まれた鉄筋の交差箇所を高精度でスキャン。レーザー光の反射を解析して交差部の形状をパターン認識する。
- 周辺障害物検知・SLAM用:周囲の障害物を検知し、安全な移動経路を確保。**SLAM(Simultaneous Localization and Mapping: 自己位置推定と環境地図作成)**技術を応用し、自身の位置をリアルタイムに推定しながら、広大な作業エリアを自律的に走行する。
これらのセンサー情報に基づき、AI制御エンジンが最適な移動軌道と結束ポイントを決定し、正確な作業を繰り返す。
独自の移動機構 T-iROBO Rebarの移動機構は、従来のロボットにはない独自の設計となっている。
- 4輪駆動方式:中央がくぼんだ特殊な車輪(テーパー車輪)を採用し、鉄筋の上にしっかりと設置された状態で走行
- 前後左右への自律移動:縦方向の鉄筋に沿って走行し、横方向の鉄筋を検出すると交差部で停止。結束完了後、次の位置へ自動的に移動する
- 配筋誤差吸収機構:仮設置時の配筋誤差を吸収する機構が備わっており、現場の微妙な誤差にも対応可能
コンパクトサイズと軽量化 ロボット本体の大きさは幅40cm×奥行50cm×高30cm、全重量は20kg以下というコンパクト設計。これにより、作業員1名で持ち運びが可能である。建設現場は移動が多く、重い機械では実用性に欠けるため、この軽量化は重要な設計要件であった。
作業フロー:自動化による効率化
1. 設置とエリア指定 作業員はロボットを鉄筋上に設置し、結束を行うエリアを指定する。施工情報(配筋間隔等)の入力は不要で、誰もが手軽に使うことができる設計となっている。
2. 自動走行と交差部検出 ロボットは縦方向の鉄筋の上を自律的に走行。レーザーセンサーが横方向の鉄筋を検出すると、その位置で停止する。
3. 自動結束 検出した交差部に結束機を押し当て、針金で鉄筋を縛り付ける。結束の工具は、現場で従来から使用していたものを改造して利用しており、新しい工具の習得が不要である。
4. 次位置への移動 結束が完了すると、自動的に次の交差部を探して移動する。縦方向の鉄筋に沿って進み、障害物や鉄筋のない場所を検出したら横にずれて、縦方向の移動と結束を繰り返す。
5. 並行作業の実現 ロボットが結束作業を行っている間、作業員は他の業務(鉄筋の配筋確認、次の工程の準備など)を並行して行える。これが工程圧縮効果をもたらす。
開発体制:アカデミアとの産学連携
T-iROBO Rebarの開発は、千葉工業大学がロボット機構等の開発を担当し、大成建設が現場ニーズ調査および実験フィールドの選定を行うという、産学連携の形で進められた。
千葉工業大学・未来ロボット技術研究センター(fuRo)の西村健志研究員は、「何でもできて、どんな環境でも動くような、すごいロボットを作るのが目的ではない」と語る。高価なセンサーを搭載し完全に自動化することも可能だが、そうするとシステム全体が高コストになり、結果的に普及しない。機能を絞ることで低コスト化し、それ以外の部分についてはロボットに合わせて工法自体を変える。「ロボットを含んだ新しい工法を作り、省人化を図る」という発想で開発が進められた。
After
T-iROBO Rebarの導入により、大成建設は以下の定量的・定性的成果を達成した。
省力化:約20%の省人化
鉄筋結束作業は、鉄筋工事全体工程の約2割を占めている。T-iROBO Rebarの導入により、この約2割の作業をロボットに置き換えることができ、約20%の省人化を実現した。
作業効率向上:10〜20%
結束作業(ロボット)と、その他の作業(鉄筋工)が同時に進行できるため、鉄筋工事全体では約10〜20%程度の作業効率向上を図ることができた。これは工程の圧縮に直結し、プロジェクト全体の工期短縮にも貢献する。
技能労働者の負担軽減
- 身体的負担の軽減:中腰姿勢で行う過酷な結束作業をロボットに任せることで、鉄筋工の腰痛リスクが大幅に低減
- 労働力不足リスクの低減:単純作業をロボットに置き換えることで、限られた人材をより付加価値の高い作業に配置可能に
- 若手の定着率向上:過酷な単純作業が減ることで、建設業界への入職ハードルが下がり、若手の定着にも寄与
品質の均一化
人間が行う結束作業は、作業者の経験やその日の体調によってばらつきが生じる。一方、ロボットによる結束は常に一定の品質が担保される。これにより、コンクリート強度に直結する鉄筋配筋の品質が均一化された。
実用化と普及の展望
2017年の開発発表後、2018年度から本格的に現場導入が進められ、30現場以上での実証実験が実施された。ロボット本体の性能や使いやすさ、耐久性などの機能向上も継続的に行われている。
大成建設・先進技術開発部の上野純部長は、「弊社だけで省人化しても意味は無い。ウチだけで囲い込むつもりは無い」と述べ、業界全体への普及に努める意向を示している。建設業界全体の生産性向上と労働環境改善に貢献する技術として、T-iROBO Rebarは注目を集め続けている。
千葉工業大学・未来ロボット技術研究センターの古田貴之所長は、「ロボット技術を社会に実装し、日本がこれからどうやって生きていくか。1つのカギになるのでは」と期待を寄せる。建設業に限らず、人手不足が深刻化するあらゆる分野で、ロボット技術を使った現場の仕事の改革が進んでいくことを示す象徴的な事例となった。
公開日: 2017年10月17日
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