Before
鹿島建設は創業1840年、日本最古の総合建設会社である。同社は長年にわたり、「安全と品質」を経営の最重要課題として掲げ、業界をリードする安全文化の構築に取り組んできた。
建設現場では、作業開始前に必ず 「危険予知活動(KY活動)」 を実施することが義務付けられている。これは、これから行う作業に対して「起こり得る災害を予測し、対策を立案する」活動である。作業担当者が集まり、「この作業で何が危険か」「どう対策すれば防げるか」を話し合い、安全対策を確認してから作業に入るというプロセスである。
しかし、この危険予知活動には大きな課題が存在した。
経験に依存する予知の限界 危険予知活動は、原則として作業担当者の経験・感覚・知識を基に実施される。ところが、建設業界では労働者の高齢化と若手の不足が深刻化しており、災害の知識が少ない若手作業員が的確な安全指示を出せず、危険予知活動が形骸化してしまうケースがあった。
膨大な災害事例の活用困難 鹿島建設は長年の事業活動の中で、莫大な数の災害事例を蓄積してきた。さらに、厚生労働省の「職場のあんぜんサイト」で公開されている災害事例、日建連が会員に提供している災害事例も含めると、合計約7万件のデータが存在する。
しかし、これらの事例は「自然言語(自由に記述された文章)」として記録されており、特定の作業に関連する過去の災害を探し出すには、人が一つずつ読み解く必要があった。膨大なデータの中から類似した事例を探し出す作業は、多くの手間と時間を要し、現場の実務では活用されにくいものとなっていた。
災害傾向の把握の困難さ 過去の災害事例を読み解いても、「この作業においてどのような原因で災害が起こったのか」という「災害傾向」を精度よく把握するのは人間には困難だった。主観的な判断に依存せざるを得ず、客観的なデータに基づいた予防対策の立案が難しかった。
AI導入内容
鹿島建設はこれらの課題に対し、AI技術を活用した危険予知支援システム 「鹿島セーフナビ®(K-SAFE®)」 を開発した。これは建設業界初の本格的なAI災害予防システムであり、特許出願も行われている。
システム構成:自然言語処理×ビッグデータ解析
K-SAFEは、以下の3つのデータソースを統合してAIが解析する。
- 鹿島建設が保有する災害事例:創業以来蓄積してきた社内の災害データベース
- 厚生労働省の公開データ:「職場のあんぜんサイト」で公開されている全国の災害事例
- 日建連提供データ:日本建設業連合会が会員企業に提供している災害事例
これら合計約7万件の災害事例を、自然言語処理(NLP)技術で解析する。
AIによるクラスタリングとラベリング 従来は人間が読み解く必要があった自由記述の文章を、AIが自動的に分析し、以下のように構造化する。
- 災害原因の分類:転倒・墜落・挟まれ・感電など、原因別に自動分類
- 災害状況のタグ付け:作業の種類、使用機械、環境条件などを自動抽出
- 重篤度の判定:怪我の程度、休業日数などから重篤度を自動評価
- 類似事例のグループ化:内容が似た事例をAIが自動的にクラスタリング
利用フロー:直感的な検索と可視化
K-SAFEの利用は極めてシンプルである。
入力 PC、スマートフォン(iPhone)、タブレット(iPad)など、様々な端末からアクセス可能。検索欄に「今日行う作業内容」をキーワードや文章で入力する。例えば「足場上での溶接作業」「地下配管の掘削」など、日常的な言葉で入力すればよい。
AI解析 入力された作業内容と、AIが事前にクラスタリング・ラベリングした約7万件の災害事例を照合。意味的に類似した事例を瞬時に抽出する。
結果表示 解析結果は、以下の形式で可視化されて表示される。
- グラフ表示(災害原因別):転倒・墜落・挟まれなど、原因別に該当する災害事例数を棒グラフや円グラフで表示
- グラフ表示(災害状況別):作業の状況別に災害発生状況を表示
- 重篤度による色分け:軽傷・重傷・死亡など、重篤度に応じてグラフの色を変えて表示
- 年度別表示:該当作業に関連する過去の災害発生状況を年度別に確認可能
詳細閲覧 グラフや一覧に表示された災害事例は、タップやクリックで詳細を閲覧可能。鹿島建設が保有する事例については「絵入りの事例シート」で、イラスト付きの分かりやすい資料で確認できる。
技術的特徴:継続的学習と改善
K-SAFEは静止したシステムではない。新たに発生した災害事例が随時データベースに追加され、AIの学習データが更新されていく。また、現場からのフィードバックを基に、使い勝手の改善も継続的に行われている。
協力会社も含めた自社建設現場での危険予知活動に広く展開され、建設現場全体の安全意識向上に貢献している。
After
K-SAFEの導入により、鹿島建設は以下の定量的・定性的成果を達成した。
情報検索時間:丸1日 → 数十秒〜数分
従来、特定の作業に関連する過去の災害事例を調査するのに丸1日かかっていた作業が、K-SAFEにより数十秒〜数分で完了するようになった。入力→解析→結果表示までの一連の流れが自動化されたことで、現場の効率性が飛躍的に向上した。
危険予知活動の質の向上
- 新人でもベテラン同等の知見が得られる:経験の浅い作業員でも、約7万件の災害事例から導き出された客観的なデータに基づき、的確な危険予知が可能に
- 見落としリスクの低減:人間が記憶や経験に頼ると見落としがちな危険要因も、AIの網羅的な解析により拾い上げられる
- 客観的な根拠に基づく対策立案:「経験上こうだ」という主観的な判断ではなく、データに基づいた客観的な安全対策の立案が可能に
組織的な安全文化の醸成
- 協力会社との共有:協力会社の作業員も含めてK-SAFEを活用することで、プロジェクト全体の安全意識が向上
- 教育・研修への活用:新人教育や安全研修の教材としても活用され、組織全体の安全知識の底上げに貢献
- 事前リスク評価の強化:作業前のリスク評価がデータ駆動型となり、予防的な安全管理が強化
社内AIエコシステムとの連携
K-SAFEは、鹿島建設が構築した社内専用AI基盤 「Kajima ChatAI」 との連携も視野に入れている。Kajima ChatAIはMicrosoft Azure OpenAI Serviceを活用し、ChatGPTと同等のAIモデルを社内イントラネットに構築したものである。入力情報が外部の学習に利用されないセキュアな環境で、技術資料・法令・過去の災害事例などに関する問い合わせにAIが回答するシステムだ。
K-SAFEによる構造化された災害データは、Kajima ChatAIの知見検索にも活用され、「現場の危険予知」から「社内の技術的問い合わせ」までをカバーする包括的なAI安全システムが構築されつつある。
この取り組みは、建設業界におけるAI活用の先進事例として、他の建設会社にも大きな影響を与えている。鹿島建設は「壁に囲まれたAIプラットフォーム」戦略を通じて、業界特有の機密情報を守りながら、AIの力で現場の安全を最大化する道を切り開いている。
公開日: 2023年10月1日
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