Before
清水建設は創業1804年、日本を代表する大手建設会社の一つである。同社が長年にわたって培ってきた技術の一つに、シールド工法によるトンネル構築がある。
シールド工法は、トンネルサイズに合わせた大型機械(シールドマシン)で地山を削り進みながら、同時に後方にセグメント(リング状のコンクリート壁面)を連続的に構築する工法である。道路・鉄道・下水道などのインフラ整備において、地上の交通や建物に影響を与えずに地下トンネルを構築できるため、都市部の工事には不可欠な技術となっている。
しかし、このシールド工法には重大な課題が存在した。それは掘進計画の策定の複雑性である。
トンネルの線形には直線区間だけでなく、カーブ区間も含まれる。特に曲線部では、シールドマシンが地山や既に構築されたセグメントと干渉しないよう、細かな制御が必要となる。具体的には以下の計画が必要だった。
- 「余掘り」:シールドマシンが地山と干渉しないよう、掘削面を大き目に掘削するタイミングと掘削量の計画
- 「中折れ操作」:シールドマシン本体の前胴部と後胴部に角度を付けて屈曲させ、カーブに沿って進行するための操作計画
- セグメントの割り付け:形状の異なる複数のセグメントを、どの順序・どの角度で配置するかの最適化
これらの計画は、従来熟練技術者がシールド機の形状やトンネルの曲線半径等に基づき、三角関数を用いた理論計算で算出していた。直線部は比較的簡単だが、曲線部になると計算は指数関数的に複雑化する。
例えば、70個のセグメントを割り付ける場合、熟練技術者でも約2日間を要した。さらに、掘進開始後は日々の掘進状況に応じて計画を修正する必要があり、現場技術者は毎日の「掘進指示書」作成に多くの時間を割かれていた。
この属人的かつ時間のかかる作業が、シールド工事の生産性向上の大きなボトルネックとなっていた。また、経験の浅い技術者では品質のばらつきが生じ、熟練技術者の高齢化に伴う技術継承問題も深刻化していた。
AI導入内容
清水建設はこの課題に対し、名古屋工業大学と共同で 「シールド掘進計画支援システム」 を開発した。これが後に進化した 「シミズ・シールドAI」 の基盤となる画期的なシステムである。
AI技術の核:強化学習と遺伝的アルゴリズム
システムの中核となるのは、**強化学習(Reinforcement Learning)と遺伝的アルゴリズム(Genetic Algorithm)**を組み合わせたAI技術である。
掘進ゲームとしての定式化 開発チームは、シールド掘進を「ゲーム」に見立ててAIに学習させた。与えられたトンネル計画線に対して、AIが自ら設定した「シールド機の運転制御方法」と「セグメントの割り付け方法」を試行条件として、模擬掘進を実行させる。
模擬掘進の結果は以下の指標で得点化される。
- トンネル線形に対する掘進軌跡の誤差(小さいほど高得点)
- シールド機とセグメント・掘削地山との干渉度合い(干渉が少ないほど高得点)
- セグメントの無駄遣いの有无(効率的な割り付けほど高得点)
AIは、この得点を最大化することを目的に、何千回、何万回と模擬掘進を繰り返す。試行の中で掘進誤差が許容値を超えた場合や、シールド機とセグメントが干渉する可能性が出てきた場合は、その時点で試行終了となり、新たな条件で再挑戦する。
進化と学習のプロセス 遺伝的アルゴリズムの仕組みを借りると、AIは以下のように「進化」していく。
- 初期世代:ランダムに設定された複数の試行条件(個体)で模擬掘進を実行
- 選択:得点の高かった個体を選択
- 交叉:得点の高かった2つの個体の特性を組み合わせ、新たな個体を生成
- 突然変異:ランダムに一部のパラメータを変更し、新しい可能性を探索
- 反復:上記を何百世代も繰り返し、得点が頭打ちになるまで進化
最終的に、それ以上得点を上積みできない「最高得点」の個体が、最適な掘進計画として採用される。
システム構成と機能
施工計画支援AI トンネル掘進開始前の計画段階で、トンネル線形に応じた最適なシールド機操作計画とセグメント配置計画を自動生成する。開発時のモデル(延長414m、セグメント数242の道路工事トンネル)では、コンピュータは25分で最適解を導出したという。
掘進操作支援AI 熟練オペレーターの実際の操作データを学習し、掘進中のシールドマシンの姿勢や推進力、カッターのトルク、ジャッキの長さなど、膨大なマシン制御情報を瞬時に分析。計画線形通りの掘進を実現するための最適なジャッキ制御方法を予測・支援する。
日々の掘進指示書作成支援 掘進開始後も、直近の掘進状況を踏まえた計画修正シミュレーションをAIが実施。毎日の掘進指示書作成を自動化・効率化し、現場技術者の労働時間削減に貢献する。
実装と検証
開発されたシステムは、福岡市内で施工中のシールド現場「唐の原第1雨水幹線築造工事」に適用され、計画作成や掘進指示書作成に活用された。現場技術者の反応は好評で、計画作業の負担軽減と品質の均一化が確認された。
After
シミズ・シールドAIの導入により、清水建設は以下の定量的・定性的成果を達成した。
計画策定時間:約2日間 → 約10分(288倍の効率化)
熟練技術者が約2日かけていた曲線部の計画策定が、AIにより約10分で完了するようになった。これは288倍の効率化に相当する。複雑な三角関数の計算と試行錯誤を、AIが自動的かつ最適化して実行するため、人間の手作業では到底不可能な速度と精度を実現した。
掘進制御精度:0.02度の誤差
複数の現場での検証結果、カーブ区間において変化させるべき方位角変化の指示値に対し、わずか0.02度の誤差でシールドマシンを制御できたという。これは熟練オペレーターの感覚と同等か、それ以上の精度である。
技術継承と品質均一化
- 経験の浅い技術者でも高品質な計画作成が可能:AIが最適解を提示するため、個人の経験差による品質のばらつきが大幅に減少
- 熟練技術者の知見の定量化・保存:長年の経験に基づく「暗黙知」が、AIの学習データとして形式知化され、組織の資産として蓄積
- オペレーターの負担軽減:AIの支援により、高い精神集中を要した微調整作業が軽減
生産性と競争力の向上
- 現場技術者の労働時間削減:計画作成や指示書作成にかかる時間が大幅に短縮され、本質的な現場管理業務に時間を割けるように
- 施工品質の向上:最適化された計画により、地山との干渉リスクが低減し、より安全で高品質な施工が実現
- 海外展開の可能性:シールド工法の需要が高まるアジア地域において、AIによる施工合理化は大きな競争優位性となる
この取り組みは、建設業におけるAI活用の先駆的な事例として、業界内外から高い評価を得ている。清水建設は本システムをさらに進化させ、掘進操作の完全自動化を目指した「シミズ・シールドAI」の本格稼働を進めている。熟練技術のAI化による「技能伝承」の実現は、少子高齢化が進む建設業界にとって、大きな希望の光となっている。
公開日: 2018年5月25日
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