Before
大林組は創業1892年、日本を代表する大手ゼネコンである。全国の建設現場で数多くの大型プロジェクトを手掛ける中、長年にわたって重大な課題として存在したのが「建設機械と作業員の接触事故」であった。
建設現場ではクレーン、ショベルカー、ダンプトラックなどの大型重機が数多く稼働する。これらの重機は視界に大きな死角を持ち、特に後方や横方向の確認はオペレーターにとって困難であった。作業員が重機の死角に入り込み、オペレーターが気づかないまま接触・転倒させる事故は、建設業界の労働災害統計でも上位に位置する重大リスクであった。
従来、こうした接触事故を防止するため、RFID(ICタグ)方式や超音波センサー方式の安全装置が開発されてきた。しかし、これらの技術には根本的な限界が存在した。
RFID方式では、作業員がヘルメットに装着したICタグと重機側の読み取り機の電波通信により接近を検知する仕組みであったが、タグの電池切れや金属製の建設機械による電波障害が課題となった。さらに、超音波方式は作業員が屈んだ姿勢を取ると検知できず、また建設現場の騒音環境で誤作動が多発した。
結果として、これらの従来技術は「検知漏れ」や「誤警報」が頻発し、現場の作業員やオペレーターから信頼を得られず、最終的には運用が停止されてしまうケースが少なくなかった。建設業界全体として、安全装置はあっても機能不全に陥るという皮肉な状況が続いていたのである。
AI導入内容
大林組はこの課題に対し、AI画像認識技術を核とした全く新しい安全装置 「クアトロアイズ™(Quattro-Eyes)」 を開発した。同社が独自に研究を重ね、特許出願も行ったこのシステムは、従来のセンサー方式の常識を覆うアプローチを採用している。
システム構成:4眼カメラ+AI推論エンジン
クアトロアイズはその名の通り、4台のカメラとAI推論ユニットを組み合わせた構成である。
4眼カメラシステム 建設機械の前後左右4方向に広角カメラを配置し、重機周辺360度を無死角で監視する。各カメラは高解像度の映像をリアルタイムでAI処理ユニットに送信する。4台のカメラ映像を統合的に解析することで、単眼カメラでは捉えきれない奥行き情報や動きの予測も可能となった。
AIディープラーニングによる人物検知:CNNの活用
従来の画像認識技術は、人の形状や色を固定的なルールで検出していたため、姿勢の変化や服装の違い、照明条件の変動に弱かった。クアトロアイズが採用したのは、**CNN(畳み込みニューラルネットワーク)**を中心とした深層学習(ディープラーニング)による画像認識技術である。
画像の特徴(エッジ、色、形状のパターンなど)を多層的なニューラルネットワークで自動的に抽出・学習することで、極めて高い識別能力を実現した。数十万枚の建設現場映像を学習データとして投入し、以下の要素を網羅的に学習させた。
- 多姿勢の作業員:立っている姿勢、屈んで作業する姿勢、しゃがんでいる姿勢、大きな荷物を運ぶ姿勢など、建設現場で想定されるあらゆる作業姿勢
- 多様なヘルメット色:大林組の作業員だけでなく、協力会社の作業員も含め、さまざまな色のヘルメットを識別可能に学習
- 昼夜・天候の変動:晴天時の明るい環境から、夜間照明下、雨天時の視界不良まで対応
- 背景の複雑性:鉄骨や足場、資材などが複雑に重なった現場環境からの人物抽出
革新性:多姿勢対応と誤警報削減
クアトロアイズの最大の革新性は、作業員が屈んだ姿勢を取っていても検知できる点にある。従来の超音波方式では、センサーの高さから外れた低い姿勢の人物は検知できなかったが、AI画像認識ではカメラ映像から直接人を認識するため、姿勢に関係なく検知可能となった。
また、ヘルメットの形状も学習データに含めることで、他社の作業員も含めた汎用的な検知を実現。特定のタグや機器を持っていない人でも、ヘルメットを装着していれば高精度で検知する。
警報システムも二重化されている。検知した人物の位置と距離をリアルタイムで重機のモニターに表示するとともに、 ウェアラブル端末(スマートウォッチ等) にも警報を送信。オペレーターはモニターで視覚的に、同時に振動や音で危険を察知できるため、注意喚起の確実性が飛躍的に向上した。
実装と検証
開発されたクアトロアイズは、大林組の複数の建設現場で実証試験が実施された。特に都市部の狭小現場や、多業種が入り混じる大規模プロジェクトでの有効性が検証された。
国土交通省の「新技術情報提供システム(NETIS)」にも登録され、建設業界全体への技術展開が期待されている。
After
クアトロアイズの導入により、大林組は以下の定量的・定性的成果を達成した。
検知率:97%超
開発段階での検証において、AI画像認識による人物検知率は97%を超える精度を達成した。これは従来のRFID方式や超音波方式を大きく上回る水準であり、建設現場の安全装置として十分な信頼性を確保している。
誤警報の大幅削減
従来方式の最大の課題であった誤警報が激減した。AIは「人間」を高精度で識別するため、風によるビニールの揺れや動物の侵入など、従来なら警報が鳴っていた状況でも、冷静に判断できるようになった。これによりオペレーターの「警報疲れ」が解消され、システムへの信頼性が向上。結果として、現場での継続的な運用が可能となった。
導入効果の多面的展開
- 安全性の向上:重機と作業員の接触事故リスクが大幅に低減。特に後方確認が困難な大型重機での効果が顕著
- オペレーターの負担軽減:常に全方位を気にしながら操作する精神負担が軽減され、本質的な作業に集中できる環境に
- 協力会社との安心感:他社作業員も含めた検知が可能なため、プロジェクト全体の安全意識が向上
- 24時間運用可能:夜間作業や照明条件の悪い環境でも機能するため、建設現場の生産性向上にも寄与
この取り組みは建設業界全体の安全基準向上にも貢献しており、大林組は続く改良版「クアトロアイズ-2」の開発も進めている。同システムはAIによる画像認識機能をさらに強化し、建設現場の安全性向上を牽引する技術として、業界から注目を集め続けている。
公開日: 2018年7月25日
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